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今週は「全英への道」

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5月28日に、茨城県のザ・ロイヤルゴルフクラブで幕開けするはずだった「ミズノオープン」のサブタイトルが「全英への道」。
同大会が、世界最古のメジャー戦「全英オープン」の日本予選を兼ねるようになったのは、1993年大会からだ。

その後、2004年から世界5大陸でも国際予選が行われるようになったが「全英オープン」を主催する全英ゴルフ協会「ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ(R&A)」が、世界中に門戸を開くずっと以前から、「ミズノオープン」では、実に多くの日本ツアー選手を”聖地”に送り続けてきたことになる。

開催週には毎年、R&Aの役員が「全英オープン」で勝者に贈られる優勝杯「クラレットジャグ」を持ってはるばる来日。
鍵のついたガラスケースで厳重な管理のもと、会場の1番ティに飾られる。
最終日には、それと同型の優勝杯が勝者に贈られ、表彰式では「全英オープン」の出場権を獲得した選手たちへの授与式も行われる。

”聖地”を目指す選手たちの思いを高める瞬間である。

スコットランドでは、海沿いに広がる平地の砂地を生かしたゴルフ場をリンクスコースと呼び、そこで最初に行われたのがゴルフ競技の原型ともいわれ、ゆえに”聖地”と称される。

世界ゴルフの総本山とも言われるR&Aも、スコットランドの名門「センドアンドリュース」に本部があることから、その名をゆるぎないものにしている。

「全英オープン」は世界に4つあるうち、1860年に創設されたもっとも古いメジャートーナメントであり、世界中のゴルファー憧れ。

ミズノ株式会社が主催する「ミズノオープン」は長きにわたり、その出場予選会として開かれ、日本ツアー選手にその道筋を示されてきた。

多大なる功績は、いまさら言うまでもない。


「全英オープン」での日本人選手の主な成績は、1976年に予選会から挑戦した鈴木規夫が最初のトップ10入り(10位)。
1978年と79年には青木功が2年連続の7位に入り、1982年に倉本昌弘が4位で初のトップ5入りを果たした。1986年には、中嶋常幸が8位につけた。

21世紀では、2002年の丸山茂樹と2006年の谷原秀人の5位が最高位。
また、2013年には松山英樹が6位と大健闘するなど、それゆえ日本勢にもっと近しいメジャーとも言われる。

しかし、今年はロイヤルセントジョージズで行われる予定だった第149回の「全英オープン」も、次年度への延期が決まった。
今年も日本ツアー初戦からの獲得賞金で競われるはずだった”日本予選ランキング”と共に、「ミズノオープン」の上位4人が選出される”日本予選”も同様にストップ。

試合のない週に改めて大会と、”聖地”へ思いを馳せる。
今週は、特に「ミズノオープン」にゆかりの深いプロたちがそれぞれの「全英の道」を語るシリーズを掲載します。
お楽しみに。

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